先輩インタビュー

小橋あき子

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

お客様に寄り添い、お客様と伴走していく

略歴

大学卒業後
小学校教諭をしていたが、結婚・出産で一時家庭に入る
1992年~1996年
日本社の生命保険会社に就職して4年間営業を行う
1996年~1999年
日本社の法人取引を主力とする保険会社に自ら転職して3年間営業を行う
1999年~2002年
生損保を扱う保険代理店に自ら転職して3年間営業を行う
2002年~2007年
個人代理店を立ち上げFP業を行う
2007年~
ファイナンシャルプランナーズ花園に転籍勤務

インタビュー

記者:
こんにちは。早速、インタビューを始めさせて頂きます。
小橋:
はい。宜しくお願いします。

お客様の対応をしっかりしようと思うほど個人では限界がある

記者:
まず転籍を考え始めたのはいつ頃からですか?
小橋:
個人代理店をしていてしばらく経った時からですね。
記者:
それはどうしてですか?何か不安などあったのですか?
小橋:
元々ある外資系生命保険会社を代申として個人代理店を始めました。その前はD生命とDD生命と保険代理店で10年間営業をしていました。お陰様で契約も順調に増えていきました。でもあることに気が付いたんです。
記者:
何に気が付いたのですか?
小橋:
当たり前のことですが、勤務していた時は、会社がいろいろサポートをしてくれていました。でも一人でやっていると、コンピューターのインストールや保険会社との交渉まで、お客様の対応だけでなく、全てを自分でやらなくてはいけません。勤務していた頃は意識したことはありませんでしたが、お客様に対してしっかり対応するには会社のサポートが大きいことに改めて気が付きました。
記者:
個人でやってみないと気が付かないことですね。
小橋:
はい。契約が増えてきて、だんだんと一人で抱えきれなくなってきました。こんな対応じゃダメだと思うようになって不安を持ちながら営業していました。
記者:
その中で実際に転籍を本気で考えたキッカケがあったのでしょうか?

入院を体験して個人でやり続けることは無理があると実感した

小橋:
ある時、病気にかかり入院することになったんです。
記者:
そうだったのですか。その後体の方は大丈夫だったのですか。
小橋:
はい。一週間ほど入院しましたがその後元気になりました。でも、入院している間は営業ができないばかりか、お客様の対応もすることができず、どうしようもありません。まさに不安が現実となり、数人のお客様には迷惑をかけしてしまいました。
記者:
そうだったのですか。
小橋:
この時、一人でやり続けることに限界を感じました。でも、限界を感じても実際にどうしていいのか分からず不安が募りました。
記者:
そんな時に御社の宮本社長と出会ったのですか?
小橋:
個人代理店をしているときに、宮本社長とある保険会社の地区の代理店会に所属をしていました。代理店会の中で、FPとしてお客様から相談料金を頂いていたのが私と宮本社長の2人だけでしたので、話が合い懇意にさせてもらっていました。
記者:
そうですか。それで一緒にやらないかという話しに繋がっていったのですね。
小橋:
はい。お客様のためのファイナンシャルプランニングを「お金を払って頂いて責任を持って行う」という仕事に対する同じ価値観を持っていたので、それなら一緒にやっていきましょう。と声を掛けてもらいました。

フラットな関係で全員の気持ちをくみ取ってくれる企業だった

記者:
ファイナンシャルプランナーズ花園に転籍を決める上で不安はありませんでしたか?
小橋:
お客様の為には個人では限界があり、組織でやらなくてはいけないという気持ちがあったので、一緒にやることに不安はありませんでした。しかし、私は生保だけでなく、損保と証券の取扱もやっていたのですが、FP花園はその当時生保しか扱っていなかったのです。私としては生保のお客様だけでなく、損保や証券のお客様も守っていきたいという思いがありました。そこで宮本社長に率直に相談しました。
記者:
損保と証券もやれないかと?
小橋:
はい。私一人の為に無理な相談だと思ったのですが、契約をいただいていたお客様のフォローも大事だったのです。
記者:
そうした経緯でファイナンシャルプランナーズ花園が損保も証券も扱うきっかけになったのですね。
小橋:
はい。宮本社長は自分のやり方を押し付けるわけでもなく、かといって稼いだ分に応じて収入をあげるから勝手に営業をしてこいというタイプの方でもないところに信頼できる人だと感じました。
記者:
当社が掲げている全員が活躍する組織ですね。
小橋:
はい。実際に転籍してみると、資金繰りの心配や事務作業の負担など、営業以外に割かないといけない時間が減って営業に専念できるようになりました。
記者:
そうでしたか。自分で人を入れてやっていこうと考えたことはなかったのですか?
小橋:
自分で組織をつくろうと考えたことはありませんでした。歩合給でなく収入を保障して人を増やしていくとなると、お金が持ちません。一人でもやっとですから人を雇うことは考えられませんでしたね。だから宮本社長が「社員ひとりひとりが活躍できる場所をつくりたい」という考えとそれを実践されていることは凄いと思っています。
記者:
個人の時と今とでは時間の使い方もだいぶ変わったと思いますが、特に変わったのはどういったところでしたか?
小橋:
代理店をやるのであれば乗合でお客様にとって良い商品を取り扱うのがメリットと思うのですが、保険会社の数が増えればその分やり取りが増えます。保険会社とのやり取りにかなり時間を取られてしまいます。それに契約を維持するにはどの保険会社もある程度販売しないといけませんから、一人でだと2~3社が正直限界でした。
記者:
確かに一人で取り扱いを維持し、さらに保険会社のランクを上げるとなると数社でないと難しいかもしれませんね。

個人の力ではなく組織の力でお客様に貢献する

小橋:
はい。お客様の対応もですが、お客様に最適な商品を提案するにしても、一人では限界でしたね。それでも意地になってやっていましたが、今振り返ると転籍して、楽になりました。
記者:
最後に転籍されて改めてファイナンシャルプランナーズ花園はどんな会社ですか?
小橋:
お客様に寄り添い、お客様と伴走していくような感覚を持って仕事をしている会社です。生保・損保・証券・住宅ローン、そして、私はやっていませんが不動産まで、お客様のためのファイナンシャルプランニングを組織全員で行っています。個人の知識や能力では限界があっても組織で団結することで、トータルファイナンシャルプランニングが可能になっています。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

その他の先輩インタビューはこちらから